人柄と、ここまでの歩み。
REOについて

浅野 さとし(REO)
うたきしヒーリング 創始者/株式会社新光 代表取締役
「声」と「言葉」の原点
中京大学文学部国文学科卒業。大学入学と同時に司会放送部に入り、アナウンスを学びはじめました。2年生の春からはDJとして名古屋・知多のパブのステージに立ち、卒業後もフリーのDJとして活動。「声」と「言葉」で人の心に寄り添う原点は、この頃に育まれました。
時代の変化の中で
30歳で東京に本社を置く出版社に入社し、地元・名古屋で書店営業を担当。やがてインターネットの急速な広がりの中で時代の大きな変化を感じ、40歳で独立します。選んだのは、それまでとはまったく異なる高圧電気設備の保安管理の仕事でした。事業が軌道に乗ったのちは協同組合へと組織を移して運営を託し、その後はソフトウェア開発の会社を設立してデータベースの開発に携わりました。
東日本大震災という転機
転機となったのは、東日本大震災です。被災地の様子を毎日テレビで見つめる中で「災害への備えが急務だ」と感じ、社名を株式会社新光と改め、企業の事業継続計画(BCP)の策定支援を始めました。
「うたきしヒーリング」が生まれるまで
けれども、BCPが守れるのは企業の存続まで。被災した社員や地域の方々の心の傷までは癒すことができない——。その思いから、心と身体の不調をやわらげ、傷ついた人の力になりたいと考案したのが「うたきしヒーリング」です。
BCPを納品するときは、いつも「どうかこの計画が使われる日が来ませんように」と願う、少し複雑な気持ちがありました。一方、ヒーリングは目の前の方の心身が軽くなり、「ありがとう」と言っていただける仕事です。そのやりがいの大きさから、いまではBCPのコンサルティング以上に、ヒーリングに心を注いでいます。
略歴
- 中京大学 文学部 国文学科 卒業
- 在学中より司会放送部でアナウンスを学び、DJとして活動
- 大学卒業後、フリーDJとして活動
- 30歳 出版社に入社、名古屋にて書店営業を担当
- 40歳 独立し、高圧電気設備の保安管理事業を起業(のちに協同組合へ移行)
- ソフトウェア開発会社を設立、データベースソフトを開発
- 東日本大震災を機に株式会社新光へ社名変更、BCP策定支援コンサルティングを開始
- 心身の不調改善を目的とした「うたきしヒーリング」を考案
- 現在、株式会社新光 代表取締役/うたきしヒーリング 創始者
日常の中で、大切にしたい四つの感覚。
「うたきし」は、この四つの言葉から生まれました。ご自身の心地よさを大切に、丁寧なセッションを心がけています。
うたきしの背景にある思い
ヒーリングを考えるうえでREOが大切にしている視点は、「REOの考え方」でご紹介しています。
REOの考え方を読む →言葉や日常を、少しずつ。
「うたきし便り」では、REOの言葉や日常をお届けしていきます。
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